2014.6.22

モダンジャズって難しい?

ジャズの敷居

  結論から言えば、モダン・ジャズは難しい音楽です。
 聴けばわかる音楽ですよ、気軽に聴いてみましょうと言いたいところですが、多くの人が感じられているとおり、「ジャズの敷居」は確かに存在していて、それは、決して低いものではありません。
 なぜなら、モダン・ジャズは、「敷居」そのものとして作られた音楽だからです。
 ジャズの歴史を簡単に辿ってみましょう。

ニューオリンズのクレオール

 ジャズが生まれた場所は、アメリカ南部、ミシシッピ川河口の町ニューオリンズです。
 黒人奴隷が入ってくる前、ニューオリンズに最初に来たのはスペイン人でした。その後フランス領だった時代があり、アメリカ領になっても、ニューオリンズにはフランス租界が残っていました。
 最初からアメリカ領だった町とは随分事情の違っていたこの町では、白人と黒人のハーフの子供は「クレオール」と呼ばれていました。「クレオール」は当初白人として扱われ、白人と同じ教育を受けていましたが、長くは続かず、やがて黒人と同じ差別を受けるようになり、白人社会から黒人社会へと移ってきます。そして、ヨーロッパの音楽教育を受けた「クレオール」と、黒人音楽との融合がはじまります。

ジャズの誕生

ダウンロード (2).jpgラグタイムの名曲をたくさん残したスコット・ジョプリン アフリカからやってきた黒人奴隷たちの音楽は、「労働歌」や「黒人霊歌」のようなものや、そこから発展した「ブルーズ」などがあります。彼らは、単純なメロディをその日の気分でアレンジして楽器を奏でたり、歌を歌ったりしていました。そこへクレオールたちが持ちこんだのは、フランス仕込みの音楽理論と、そして、楽譜でした。
 そうして最初に流行したのが、「ラグタイム」です。
 ジャズの前身にあたる「ラグタイム」は、アフリカの音楽をクラシックの様式に則って楽譜にしたもので、まずこのラグタイムが大流行し、多くの優れた黒人ピアニストが現れました。
 やがて下火になったラグライムに代わって出てきたのが、「聖者の行進」などで知られるニューオリンズ・ジャズ(ディキシーランド・ジャズ)です。


ジャズ、白人の手に渡る

ダウンロード (3).jpg昭和初期の日本でも大人気だったポール・ホワイトマン このニューオリンズ・ジャズも最初は黒人による黒人音楽として演奏されていましたが、この音楽の面白さに目をつけたクラシック楽団の白人バイオリニスト、ポール・ホワイトマンがシンフォニックに整理し、ダンス音楽として洗練させ、ニューヨークに持ち込み、大ヒットさせます。またポール・ホワイトマンは「アメリカ音楽とは何か?」というコンサートを企画し、そこでガーシュインに「ラプソディ・イン・ブルー」の初演をさせて、クラシック音楽としても大成功させます。
 ここで、ジャズにおける楽譜と演奏者の関係が逆転します。
 もともと楽譜のない黒人音楽は、即興演奏の要素が強く、ラグタイムにとって楽譜は、ピアニストの演奏を「記録」するものにすぎず、ニューオリンズ・ジャズにおいても、演奏家はほとんど楽譜を必要とせず、単純なメロディーを繰り返し、アレンジを交えて演奏していました。
 その黒人音楽が、ポール・ホワイトマンをはじめとする白人ミュージシャンたちによって、クラシックと同じ、楽譜を見て演奏する音楽になったのです。ジャズは、その瞬間の心情を表現するものから、作りこまれたアンサンブルを楽しむ既成の音楽へと変化したのです。


アンクル・トム

 その過程で、黒人たち自身も白人のジャズへと流れてゆきました。「スイング王」ベニー・グッドマンは黒人を自分のバンドに迎えた最初の白人です。特に1938年のカーネギー・ホールでのコンサートは、クラシックの殿堂カーネギー・ホールで初めてジャズが演奏された歴史的なコンサートでしたが、同時に、大観衆の前で白人と黒人が同じステージで演奏した最初のコンサートでした。
 この時代の黒人ミュージシャンについて、チャーリー・パーカーの伝記「バードは生きている」には、このように記述されています。

 ルイ・アームストロングの世代の多くは芸人になり切って、白人と上手くやっているふりを装っていた。それをいさぎよしとしない若い世代の黒人は彼らをアンクル・トムと呼んで軽蔑していた。

 この「若い世代の黒人」のひとりが、チャーリー・パーカーです。


黒人音楽という暗号

ダウンロード (4).jpgチャーリー・パーカー 彼らのつくりだした音楽「ビ・バップ」は、「白人のジャズ」に徹底的に反抗します。
 コード進行によって行われるアドリブは楽譜を遠ざけ、鋭い複雑なリズムには、甘いダンス音楽の面影もありません。不協和音と幾何学的なフレーズはクレオールたちがもたらせたフランス近代音楽の要素であるように思います。
 ビ・バップによってジャズは、本来の黒人音楽がそうであったように、アドリブで、その瞬間の「心情」を表現する、「白人が理解する以前の音楽」に戻ったのです。
 白人を寄せ付けない音楽を演奏するということは、彼らが、白人に媚びないという意思表示であり、彼らが彼ら自身の手で作った敷居でした。そして敷居の向こうで彼らは、彼らにだけわかる音楽を、暗号のように演奏したのです。
 当然ながら、白人社会は彼らのジャズを理解することができませんでした。ビ・バップはまずパリで認められてから、アメリカで認められています。フランス人たちは、このビ・バップという音楽の不協和音を、自分たちの国の音楽だといって喜んだといいます。


第二言語はジャズ・コード

モダン・ジャズは、このビ・バップの延長線上にある音楽です。
 白人がつくりあげたポップス音楽の対極にあるこの音楽を、ポップスと同じ方法で楽しむことはできませんし、故意に、できないように作られています。
 この「敷居」を乗り越えるには、通行手形が必要です。
 では、その通行手形とは何でしょうか?
 ここまで読んでくださった皆様は、もうおわかりになったかもしれません。
 モダン・ジャズは、作りこまれた編曲ではなく、アドリブを中心とした、演奏者が演奏をしているその瞬間の「心情」を楽しむ音楽です。
 私たちが普段、「心情」を表現するためには何を使うでしょうか?
 そう、「言葉」です。
 モダン・ジャズは、形こそ「音楽」ですが、その正体は「言葉」なのです。モダン・ジャズが「言葉」であることを理解することが、モダン・ジャズの敷居をまたぐ通行手形であるというわけです。
 外国語のひとつと思うくらいがちょうどいいかもしれません。文法があり、リスニングはよい訓練です。演奏ができるようになれば、その場でコミュニケーションをとることもできます。ジャズは世界中でライブやセッションをしていますから、世界中、どこへ行っても音楽で会話をすることができるのです。



















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